エッセイ

宮城県気仙沼からの通信 2012年11月

宮城県気仙沼からの通信

今気仙沼にはいろいろな職種の方が訪れています。その中には、大学で医師や看護師、養護教諭などに関わっている教員がいました。その人たちから気仙沼の様子ではなく、その方々の住む町のことについていろいろ聞く機会も持てています。その中でスクールカウンセラーの評判を聞いていますが、あまりよくありません。なぜなのだろうかいろいろ考えています。そのことについて、遠見書房「子どもの心と学校臨床」(8号)の「学校をめぐる問題と対応(第6回)」(来年2月発行予定)に少し言葉にして書き記すことができましたので、ここに載せておきます。以下の文章は、緊急支援活動のことについてです。

スクールカウンセラーは、学校現場の調整役としての役割が期待されていた。子どもの福祉面に気を配るチームと、生徒の学習面に気を配る教員との間には、温度差があることは稀ではない。つまり、何らかの配慮をして欲しい場合、学年主任や担任の先生の理解が不可欠なのである。その時に、生徒やカウンセリングに理解を示す教員とだけ話をするだけではなく、心のケアという種類の対応にあまりなじみがない教員とも話をしなければならない。そしてその際に、理想論や理論ではなく、その教員の理解度に応じた対応方法を模索し、その教員が実行できそうなレベルを見極めて、具体的な話をしていくことが求められる。つまり、連携の要としての役割を期待されているのである。