私とカウンセリング

私とカウンセリング 126

私とカウンセリング by 神村政昭

「保健室登校」,「カウンセリング室」-そんなものがあるから生徒が甘えてかけ込むんだ。「欠席が年間1/3あれば進級させない」-職場ではこのような声が自然に聞かれる頃だった。

Y子の長期欠席で担任が,単位修得や授業料納入のことで頭を痛めていた。少し遅かったけれども,非力ながら私はこれにかかわりあうことになる。退職もあと数年だった。

Y子の家を訪れる。「どうだ,今日は学校へ行ってみようか」久しぶりにY子は制服に着替え,母の横に立つ。「Y子やっぱり制服がいちばんよく似合うよ」苦しまぎれに言う。

Y子が会いたいという家庭科の先生,数名の同級生が話に加わった。いいムードにならないか―。だが,Y子はまもなく学校を去った。退学届に手紙が添えてあったが複雑だった。

 

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もうしばらくの期間話す余地はあると思っていたが去った。本当に他人の助言や応援が必要だったのか。通常の「進路変更」だったのかを含め,考えさせられた。

何があるのか,それから私はカウンセリングに関心をもつようになった。もっとも実際に生徒と向いあって活用する機会はない。

“学問は最高の道楽である”だれが言ったか知らないが,かつて進路指導室に届いた大学入試案内冊子にあったことばだ。「学問」とはいわない。少しばかりの「学習」にでもなればよい。