KCS研究会

私とカウンセリング 110

私とカウンセリング by 丸山克介

 

私が小学校に勤めていた頃である。A男という一年生の男の子がいた。A男は母親と弟2人の母子家庭で、母親が終日パートなどの仕事をしながら何とか暮らしを立てている生活状況であった。そのA男が毎日といっていいほど、盗みを繰り返すようになったのである。盗みといってもすぐに分かるもので、隣の子の消しゴムや鉛筆を取ったり、図書館の本を持ち去ろうとしたり、時には校内購買部の文具を盗んだりした。いずれもすぐに見つかって、叱られ注意されると、「ごめんなさい。もうしません。」と謝るのであるが、次の日は平気で盗みを行うという有様である。母親に連絡しても母親も途方に暮れるばかりで、A男の指導には、皆ほとほと困り果てていた。話をすると、何でも素直に正直に話し、根は優しいA男がどうして他人の物を盗もうとするのか。下の弟2人についても、保育所でいろいろな悪さをして困っているという情報も入ってきた。

 

そんな時、教育相談係から、県の「児童相談所」に相談してみたらどうか、ということになり、早速、相談所に実情を詳しく説明し連絡をとった。すると、母親だけでなく子ども三人を必ず連れてくるようにとのことで日時の指定があり、母親にその旨を告げた。――それからのこと、A男がすっかり落ち着いて盗みの癖がぴたっと止まったのである。不思議に思って母親に相談所での様子を聞いてみた。

 

当日、約束通り母親が3人の男の子(1年生、4歳、3歳)を連れて相談所に入ると、そこには所長さん自らが一家を待っていた。母親が日々の暮らしの大変さと子育ての悩みなどを語っているうちに、男の子たちは所長さんにまとわりつき、背中に抱きついたり、膝に座ろうとした。そして母親の話を聞き終わった後、所長さんが母親にずばり言ったそうだ。「お母さん、この子たちは愛情不足ですよ。普通、こんな小さな子が見ず知らずの恐そうなおじさんに近づくことはありません。この子たちは人の愛情が欲しいのです。悪さをして叱られることも愛情が欲しいからです。お母さん、一日に一時間、いや30分でもいいからこの子たちとゆっくり語ったり遊んだりしてごらんなさい。きっと三人とも落ち着いて来るはずですよ。」このように諭され、母親ははっと目が覚めた。確かに日々の忙しさにかまけて子どもたちとちょっとも触れ合いらしいことをせず、叱ってばかりいたことを深く反省したのである。母親は、その日から早速子どもたちの話を聞いたり、一緒に買い物に行ったりするように勤めたそうで、時にはほんの10分くらいしかできないこともあったそうだが、母親が変わったことにより、子どもたちも変わっていったのである。この話を聞いて、私は、母親を変え子どもたちを変えていったカウンセリングのすばらしさに胸を打たれた。まだ、教育カウンセラー等といった取り組みが十分でなかった時に、私がカウンセリングに大きな関心を寄せるきっかけになった出来事である。